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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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七夕【雅恋/和彩】

エピローグ後 捏造
空に雲の掛かった七夕の夜
彩雪は溜息をついて空を見上げていた


七夕



 ふと見上げた空は灰色。

 そこから、上等な絹糸のように降り注ぐ雨。

 彩雪は、肩を落として溜息を吐いた。

 

 ――止まないかなぁ…雨

 

 思いながら踏み出した足を、慌てて止める。

 こんな格好のままで雨の庭になど出ようものなら、誰から何を言われるか……

 苦笑を浮かべて踵を返す。

 彩雪のことを呼ぶ声がしたのだ。

 ほんの僅かな時間、ちょっとだけ出てきただけだというのに……

 

「和泉に会いたいなー」

 

 ぽつりと零し、もう一度雨空を見上げて……彩雪は、急いで室内へと戻って行った



 

 

 

 

 ただの式神だった頃と違って、家事に追われることはなくなったけれど……年に何

度か行われる宮中の行事を無視することは出来ない。

 宮中のことなどほとんど知らなかった彩雪にとって、それは物珍しいことばかりだ

ったけれど、何もせず見ているだけでいられるものでもなかった。

 気合いを入れて色々覚えようとはするものの、それもなかなか上手くいかず、時々

心が折れてしまいそうになるのだった。

 

 ――晴明様のお仕置きに比べたら、こんなの…!

 

 自分にそう言い聞かせて、気合いを入れ直す。

 けれど――

 和泉は和泉で天照皇としての仕事もあるわけで……一緒にいられる時間が取れない

ことは、分かっていたことだけれど、やはり少し寂しかった。

 

 

 

 

 文月に入って数日が過ぎた今日。

 乞巧奠…七夕の一日も、問題もなく終わりそうだ。

 特に大きな失敗もしなかったことにほっとしながら、彩雪は一人、階に腰掛けた。

 誰かに見咎められたらまずいとは思うけれど、空を見上げられる場所にいたかった



 

 ――たなばた……

 

 彩雪が知っているのは、今宵の夜空の星に伝わる物語だけ。

 星の川に隔てられた恋人同士の一夜の逢瀬のお話だけ。

 

 夜の帳がおりた空は、雨は止んだにも関わらず、変わらず明るさを取り戻す気配は

なかった。

 年に一度の逢瀬を妨げられた二人の想いが、今の自分のそれと重なる気がして、落

ち着かない。

 

「忙しいよね、きっと……」

 

 ため息交じりに呟いて、肩を落とす。

 一緒に、星空を見たかったけれど、仕方ないと自分に言い聞かせる。

 寂しいなんて言ったら……

 和泉は優しいから、すぐに来てくれるかもしれない。

 でも、きっと、それは迷惑をかけることにもなる。

 

「わたしは、他の日に逢うことができるんだから……」

 

 今日がだめでも、別の日なら逢える。

 なにを贅沢言っているんだろう……と自分を叱咤して、彩雪は立ち上がった。

 いつまでも夜風に当たっていては、余計な心配をかけてしまいそうだ。

 もう部屋に戻ってしまおう……と踵を返した時。

 

「あぁ、よかった。まだ起きててくれたんだね。」

「えっ!?」

 

 聞きなれた声に、彩雪は、ぱっと振り返った。

 仄かな釣り灯籠の光の中では輪郭だけしか分からないけれど……

 こちらへとやってくる人影が誰なのかは、問わずとも分かる。

 

「和泉っ!」

 

 思わず、彩雪は駆け出していた。

 それほど距離があるわけでもなかったから……少し驚いて――けれど両手を広げて

くれた和泉の胸に、彩雪は勢いよく飛び込んだ。

 

「ふふふ、どうしたんだい?そんなに俺に逢いたかった?」

「うん、うん!」

「……っ」

 

 おどけたような和泉の言葉に、彩雪はぎゅっと抱きついて頷く。

 驚いたように目を瞠って、けれど、すぐに和泉はそんな彩雪を抱きしめた。

 

「いいよ、いくらでも甘えてくれて。だけど……部屋に入ってから、ね?」

 

 ここじゃ彩雪の可愛いところ、誰かにみられちゃうだろ?

 耳元での囁きに、彩雪は耳まで赤くなる。

 さすがに恥ずかしくなって体を離そうとはするものの……しっかりと背中を抱き寄

せられてしまっていては、簡単に離れることなどできなかった。

 

「ふふふ、やっと逢えたんだから、離さないよ。」

「ちょっ!和泉!」

 

 抗議の声をあげてみても、和泉は楽しそうに笑うだけ。

 抵抗を諦めて、彩雪は溜息をついた。

 逢えたことが嬉しいのは、彩雪もだったから。

 

 

 

「だけど、どうしてこんなところに?」

 

 促されて部屋に戻る途中、ふと問う和泉。

 うっ…と少し詰まって、彩雪は僅かに見える空へと視線を向けた。

 

「空が……」

「空?」

 

 隠すようなことでもないから、彩雪は正直に話す。

 それを黙って聞いていた和泉が、ふ……と笑みを零した。

 

「おいで」

 

 部屋へ向かっていた足を階へ変え、和泉は、彩雪を促してそこへと腰掛けた。

 

「もしかしたら、雲が晴れるもしれないよ。」

 

 少しだけ、一緒に見ていよう。

 そんな風に微笑んで、和泉が空へと視線を向ける。

 つられて一緒に見上げれば、相変わらず小さな光一つ見えない曇り空。

 

「今夜はもう無理かもって思っていたけど、俺と彩雪は逢えたんだから……」

「うん。そうだね」

 

 

 肩を寄せ合い、手を重ね合い、二人で見上げる空。

 時折、さぁっと吹く風。

 それに葉が揺れ、さらさらという音を響かせる。

 

「あ……」

 

 不意に差し込んだ光。

 上弦の月が、雲の合間から地上に光を届けていた。

 

「彩雪の願いが届いたのかもしれないね。」

 

 こつん、と互いの額が重なる。

 ゆっくりと、少しずつ広がってゆく星空。

 

「これで、彩雪の気になることは解消されたよね?」

「え?」

 

 間近で悪戯っぽい笑みを浮かべる和泉に、彩雪は首を傾げた。

 

「あとは……もう、俺のことだけ、考えてくれるよね?」

「……っん……」

 

 触れた唇。

 そのぬくもりが、じんと全身を包みこんだ。

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