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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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転寝【雅恋/和彩】

本編中(?)
心地よい風の吹く昼下がり
転寝をしてしまった彩雪を見つけた和泉は…
転寝


  
「さて、と。」

 

 うーん!と伸びをして、和泉が彩雪を振り返った。

 

「これで依頼完了?」

「そうだね。」

「では、仕事寮に戻りますか?」

 

 大内裏を、彩雪と和泉、ライコウの3人は、仕事寮に向かって歩いていた。

 気持ちのいい風が吹き抜けてゆく。

 彩雪は、ふと空を仰いだ。

 晴れ渡った青空。

 

 ――いい天気だなぁ……

 

 

「いや、ちょっと寄る所があるんだ。」

「例の件ですか?」

 

 和泉とライコウのやりとりを聞き流しながら、彩雪は、2人について歩く。

 

「あ!式神ちゃん。」

「参号殿!」

「え?」

 

 聞こえてきた声を認識するよりも先。

 ぽすん。と、何かにぶつかって、彩雪は我に返った。

 

「!?」

「式神ちゃん、よそ見して歩いてちゃあぶないよ。」

「へ?」

 

 目を瞬かせ、ぶつけてしまった鼻を押さえて彩雪は顔を上げた。

 間近に和泉の顔。

 その向こうには、驚いたようなライコウの顔。

 

 ――えーっと……

 

 頬に触れている、柔らかな感触。

 伝わってくるのは、ぬくもり。

 そして、背中には……

 

 ――……っ!

 

「ご!ごめん!!」

 

 上を向いて歩いていて、前にいた和泉が立ち止まったのに気付かず、ぶつかってし

まったようだ。

 しかも、何がどうなったのか、彩雪の体は、和泉に抱き止められていた。

 慌てて離れようとしても、背中に回った和泉の両手が離してくれない。

 

「い、和泉、離して。」

「さて、どうしようかな。」

 

 くすくすと笑う和泉。

 

「宮、お戯れもたいがいに……」

「……もう、ライコウは、ほんとにうるさいなぁ。」

 

 溜息をついて、和泉が彩雪を解放する。

 ようやく取り戻した自由に、彩雪は息を吐いた。

 

「なに、ぼーっとしてたの?」

「え?あ、うん……いい天気だなぁって……」

 

 はぁ、と溜息を吐く和泉。

 なんだか恥ずかしくて、彩雪は俯いてしまう。

 

「俺が抱き止めなかったら、転んでたかもしれないよ?」

「うぅ……ごめんなさい。」

「いいけどね。それより――」

 

 ふと、楽しげな笑みを消して、和泉が言う。

 

「俺とライコウは、これから、ちょっと寄る場所があるけど、参号は一人で戻れるか

い?」

「え?」

 

 ここから、仕事寮まで一人で戻れということだろうか。

 彩雪は辺りを見渡した。

 何度か通って見慣れた景色。

 ここからならば、恐らく、迷わず戻ることはできるだろう。

 

「うん、大丈夫。だと思う。」

「じゃあ、悪いけど、一人で戻っていてくれるかな。」

「わかった。」

 

 頷いて、彩雪は答えた。

 ライコウは少し心配そうな目をしているけれど、和泉は満足気に微笑んだ。

 

「それじゃ、またあとでね?式神ちゃん。」

「参号殿、気をつけて。」

「和泉とライコウさんも、気をつけて!」

 

 2人に手を振り、彩雪は歩きだす。

 もうさすがに、見慣れた景色の場所では迷わなくなった。

 少し曲がる場所を間違えてしまうと、大変なことにはなるけれど……

 ここなら、きっと大丈夫。

 今度はよそ見しないように、彩雪は真っ直ぐ仕事寮へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 

 他に誰もいない仕事寮。

 掛けた声には、当然のことながら、答えは返ってこなかった。

 

「……って、答えが返って来たらこわいよね。」

 

 くすくすと独り言を呟いて、彩雪は腰を降ろす。

 庇の向こうに見える空は、青くて……

 外にいると、じんわりかく汗も、ここにいれば風が心地よくてちょうどいい。

 

「ほんと、いい天気。」

 

 そよそよと吹きこんできた風に揺れる几帳。

 思わず、ふわぁ…と欠伸が零れた。

 

「だめだめ、こんなとこで居眠りなんてしちゃ。」

 

 晴明にでも見つかろうものなら、なんと言われるか……

 ふるふると頭を横にふって、忍び寄る睡魔を振り払う。

 けれど……

 

 ――気持ち、いいなぁ。

 

 吹き込んでくる風が気持ちいい。

 うと…と訪れる眠気。

 耳に届く、鳥の囀り。

 

 ふわり、と意識が浮く。

 

 ――ぁ……だ、め……

 

 瞼が重い。

 体が支えていられない。

 

 ――…………

 

 睡魔の誘惑に、とうとう、彩雪は負けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、あとはライコウに任せておけば大丈夫、かな?」

 

 呟いて、仕事寮に向かう廊下を曲がる和泉。

 心地よい風が吹いてきて、髪を揺らした。

 

「あぁ、本当にいい天気だ。」

 

 先ほど、空を見上げたままぶつかってきた彩雪のことを、思い出す。

 

 ――ほんと、可愛いなぁ。

 

 くすくすと、笑みを零しながら部屋へと足を踏み入れ……

 

「ただいま、式神ちゃん。いい子にしてたかい?」

 

 声を掛けて、和泉は足を止めた。

 

「あれ?」

 

 いるはずの彩雪の姿がない。

 とっくに戻ってきているはずだ。

 まさか、迷子にでもなってしまったのだろうか。

 そんな風に思いながら、部屋の中に視線を走らせる。

 

 ――っと、あ……

 

 吹き込んできた風。

 そよと風に揺れる几帳の陰から見えたものに、思わず笑みが零れた。

 足音を忍ばせ、回り込んで見れば、すやすやと気持ちよさそうに眠る彩雪の姿。

 

「あーぁ、こんなところで……」

 

 無防備に、彩雪は寝息を立てている。

 傍へ歩み寄っても、起きる気配はなかった。

 

 ――かわいいなぁ。

 

 傍らに腰を降ろし、そっと髪に触れる。

 不意に、甘い痛みが胸を刺す。

 

「こんなところで寝てちゃダメだよ、参号。」

 

 軽く肩を揺するけれど、起きる気配など全くない。

 投げ出された片方の手。

 その小指へと自分の小指を絡めて、穏やかな寝顔を見つめる。

 

「式神ちゃん、起きて。」

 

 耳元に顔を寄せて囁くけれど、

 

「ん……」

 

 もぞもぞと身じろいだ後、くすぐったそうに口元を緩めるだけ。

 

 ――そんな無防備だと、知らないよ?

 

 ライコウが戻ってくるのもしばらく後だろう。

 他の皆だって、まだしばらく帰ってこない。

 今は、この部屋に二人っきり……

 

 

 そよと吹きこむ風が、和泉の髪を揺らす。

 

「ねぇ、式神ちゃん……起きないの?」

「ん……い、ずみ……」

 

 どくん、と鼓動が高鳴る。

 それは、小さく零れただけの寝言。

 くすぐったそうに、けれど、どこか幸せそうに浮かべられた笑み。

 

「キミが悪いんだから、ね?」

 

 ――俺のこと、煽ったりするから……だよ。

 

 

 言い訳のように囁いて、絡めた小指はそのままに――

 和泉は、彩雪の上へと覆いかぶさった。

 

 

 

 さぁっと吹き抜ける風が、ふわりと几帳を揺らす。

 

 

 

 唇が触れたのは額。

 それだけで、甘い痺れが全身に広がる。

 

 ――あぁ……

 

 胸に宿る、熱。

 何かが、疼きだす。

 これ以上はダメだ。と、頭の中で囁く声。

 それに躊躇して、けれど、視線は花弁のように色付く唇に釘付けとなってしまう。

 欲しいのなら、手に入れてしまえばいい。と、惑わす声。

 その誘惑に、抗えなくなってしまう。

 ゆっくりと……

 寝息を零す、薄く開かれたそこへと近づいて……ゆく。

 

 

「……ん……っ」

 

 小さく洩れた声が耳に届いて、和泉は、はっと我に返った。

 触れてしまう寸前で止まる動き。

 そして――

 震えた瞼が開いた。

 

 

 

 

 

「え……」

 

 ぼぅっとしたまま、数度瞬く彩雪。

 そして、間近にあるのが和泉の顔だと気付いて、その瞳が大きく見開かれた。

 

「え、えぇっ!?」

 

 身動きも取れぬまま硬直した彩雪が、見る間に頬を赤く染める。

 和泉は、ふわりと微笑んだ。

 

「ふふふ、残念。起きちゃったか。」

「い、い、い、……」

 

 息遣いも分かるほどの近い距離にある顔。

 きっと、動けば簡単に触れてしまう。

 

 ――なに、に?

 

 ふと過った、疑問。

 今、何に簡単に触れてしまうと思ったのだろう。

 うまく頭が働かない。

 

「ね、どうする?」

「ど、どうって?」

 

 和泉が囁くたび、吐息が彩雪を擽る。

 それがくすぐったくて……

 それと同時に、鼓動が速くなってゆく。

 

「いい?」

 

 ――いい?って……なに、が?

 

 自然と視線が向いたのは、今にも触れてしまいそうな和泉の唇。

 

 ――……っ!?

 

「え?……えぇっ!?」

 

 かぁっと顔が朱に染まる。

 

 ――こ、これって……それって……

 

 思い当たった「それ」に、混乱する彩雪。

 話にしか聞いたことがないけれど、この体勢は……

 

「あ、あの、いず…み?」

「うん?」

「えーっと……わたし、起き上がりたいんだけど……」

 

 どうすればいいのかなんて分からない。

 とにかく、この状態から逃げたかった。

 けれど――

 

「どうして?」

「え、だ、だって……」

 

 彩雪には、視線を彷徨わせることしかできない。

 ぴくり、とも動けそうになかった。

 だって――

 

 ――う、動いたら……

 

 きっと、触れてしまう……

 その、甘い吐息を零す唇に。

 

「いいんだよ?別に、このまま寝てても。」

「あ、でも、それは……」

 

 からかわれているのだろうか。

 いじわるされているのだろうか。

 それとも――

 

 見つめ返した和泉の顔は、どこか楽しそうに微笑んでいて。

 でも、彩雪を見つめる瞳は、少し怖いと思ってしまうくらい真剣で……

 

 ――和泉?

 

「わ、わたし……」

 

 どくんどくん、と早くなる鼓動。

 さぁっと、風が吹いてゆく。

 なにごとか告げようと動いた和泉の唇。

 けれど、それは音を発することもないまま……

 ふわり、と風のように彩雪の額に触れて――

 

「今日は、これだけで許してあげる」

 

 そんな言葉と、微笑みを残して離れていった。

 

 ――え?

 

 突然のことに呆然とする彩雪。

 

 ――今、の……?

 

 額に残る柔らかな感触。

 体を起して、和泉は傍に座り直す。

 それにつられるように、彩雪は、ゆっくりと起きあがった。

 

「あの、和泉?」

「だめだよ?こんなところで転寝してサボってちゃ。」

「え、あ……うん。」

 

 叱るような言葉と共に向けられた苦笑は、いつもどおりの和泉のそれ。

 まるで、先ほどのことなど夢だったかのように思えてしまうけれど――

 

「――次は、どうなってもしらないからね?」

 

 そう告げて、繋いだままの小指に口づけた和泉は、彩雪の知らない表情を浮かべて

いた。

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