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よみぢのほだし 小説の部屋

火弟巳生が書いた版権二次創作小説の置き場

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傍にあるぬくもり【雅恋/和彩】

本編中「頼子救出」イベント後
三種の神器を取り戻しにいく前の晴明邸でのお話
頼子と話をした後、準備をしている皆のところへ戻ろうとしていた彩雪は…

傍にあるぬくもり



 視界の端に赤く喰われた月の姿が映った。

 
 その歪で不吉な姿に、頼子と別れ皆の元へと向かっていた彩雪の足が無意識のうちに止まる。

 目的地である部屋の方から、弐号が壱号を巻きこんで何やら騒いでいる声が聞こえてきて、思わず苦笑が浮かんでくる。

 

 吹き抜けた風が夜の空気を運んできて、庭の草花と彩雪の髪を揺らし吹き抜けていった。

 

 

 胸を占めるのは一抹の不安。

 そして。

 脳裏に浮かんでくるのは、ここにいない人たちのこと。

 

 どうして、この非常事態に主がいないのだろう。

 いつも偉そうなこと言ってるくせに……と本人に聞かれでもすれば確実にお仕置きが待っていそうな愚痴を、胸の内で呟く。

 

 そんな不安だらけの中で、彩雪の心を軽くしたのは、彼のことだろうか。

 ようやく、光を取り戻した瞳。

 強い意思の篭った光が、自分を見てくれたことは良かったと思う。

 

 

 彩雪は、自分の胸元にてのひらを当てた。

 不意に、あの時満ちた――折鶴たちに力を与えた赤い光を思い出し、瞼を閉じる。

 

 あれは一体何だったのだろう。

 夢の中で受け取った赤い勾玉と、あの時の光は同じだった。

 それはつまり……

 

 ――もしかして、ここに……?

 

 

 晴明から和泉の手に渡った青い色の勾玉。

 あれと、彩雪が夢の中で葛葉から受け取った赤い色のそれとは……本当によく似ていた。

 それがどういう意味なのかなんて分からない。

 分かることと言えば。

 あの赤い光が……光がもたらしたものが、とても不思議で凄い力だということだけだ。

 

「もう、わけわかんない……」

 

 分からないことだらけなのは確かだ。

 全部知っていそうな人物は、知りたいと思うことを全部黙したまま帰って来ない。

 もしかすると……

 

「和泉は何か知ってるのかなぁ……」

 

 悪路王との戦いの時、晴明を問い詰めようとしていた和泉の様子を思い出して、彩雪は首を傾げた。

 

「俺がどうかした?」

「え!?」

 

 突然聞こえてきた声に、彩雪は飛び上がらんばかりに驚いた。

 ばくばくと胸が激しく鼓動する。

 視線を移せば、ゆっくりとした足取りでやってくる和泉の姿があった。

 もしかすると、戻りの遅い彩雪のことを心配して、様子を見に来てくれたのかもしれない。

 けれど――

 

「い、和泉。ど…どうしたの?」

 

 自分でも間抜けな問いだと思ったが、驚きのあまり他に言葉が出てこない。

 そんな彩雪の様子に、和泉が口元を綻ばせる。

 穏やかに微笑む瞳が、彩雪を見つめていた。

 

「ごめん、ごめん。驚かせちゃったみたいだね。」

「う、ううん。ごめんね、遅くなって。」

 

 すぐ行くね。

 そう答えて慌てて歩みを再開した彩雪は、すぐに立ち止まることになってしまった。

 

「和泉?」

 

 彩雪の行く先を遮るように、にこにこと笑みを浮かべた和泉が立っている。

 てっきり、様子を見に――迎えに来てくれたのだと思っていたのに……

 

「だめ。通してあげない。」

「え……?」

 

 何を言い出すのだろう。

 そろそろ行かなくてはいけないはずだ。

 それなのに――

 

 はくはくと、言葉を失って口を開いたり閉じたりしている彩雪を面白そうに見て、和泉がくすくすと笑う。

 

「――っていうのは冗談。ちょっとね、式神ちゃんと二人で話がしたかっただけ。」

 

 言って、和泉は近くの階へと腰掛けて彩雪を手招いた。

 いいのだろうか……と思いながら、彩雪は少し戸惑う。

 

「まだ大丈夫。少し話をするくらいなら十分時間はあるよ。」

 

 和泉がそう言うのなら大丈夫なのだろう。

 頷いて、彩雪は促されるまま隣に座った。

 

 

 

 

 

 

 月は変わらず、赤く喰われた不吉な姿のままで空に浮かんでいる。

 それを、二人隣り合って階に腰掛けたまま見上げて……

 話とは一体何なのだろうと彩雪が問おうとしたときだった。

 

「ふふふっ……」

「どうしたの?」

 

 不意に小さく和泉が笑った。

 首を傾げ、彩雪が自分を見つめてくる和泉の瞳を見つめ返せば、不意に床へとついていた手を取られた。

 一瞬鼓動が跳ね上がる。

 手を繋いだことは何度かあるけれど――

 こんな風に手を握られてしまったら……なぜだろう……少し緊張してしまう。

 

 ――和泉……?

 

「式神ちゃんには、もうこれ以上情けないところを見せないようにしないとなって思ってさ。」

 

 彩雪は目を瞬かせて、いつの間にか……緊張のせいか俯いてしまっていた顔を上げ和泉を振り返った。

 浮かんでいたのは、柔らかな笑み。

 作った笑顔でも、無理をしている笑顔でもない。

 きっと、心からの――微笑み。

 それが嬉しくて、彩雪の頬も自然と緩んだ。

 

 慈しむように、和泉が握った彩雪の手を撫でる。

 それが心地よくて……彩雪は少し緊張で強張っていた肩の力を抜いた。

 

 ――わたしは……

 

 圧倒的な力で和泉の助けになることのできる主は――晴明はいない。

 ずっと彼を傍で守っていた、和泉にとって一番頼りになるライコウもいない。

 

 ――わたしが和泉のこと守らなきゃ。助けなきゃ。

 

 できることは少ない。

 それは分かっているけれど、少しでも役に立ちたい。

 

 

「わたしにできることがあれば言ってね。」

 

 そう告げれば、一瞬驚いたように瞠目した和泉が、すぐに微笑みを浮かべる。

 

「じゃあ――」

 

 くいと繋いだ手を引かれ、そのまま傾いだ彩雪の体は和泉に抱き止められた。

 

「えっ!えぇっ!?」

 

 突然のことに慌てて体を起こそうとしても、和泉は解放してくれそうにない。

 

「いず……」

「傍に、いてくれるかい?」

 

 抗議の声を上げようとした彩雪の言葉を遮って、一言……静かな声が告げる。

 彩雪は、思わず抵抗をやめた。

 

「いず…み?」

「式神ちゃんが傍で見ててくれるなら、俺はきっと頑張れるから。」

 

 

 もしかすると、和泉も不安なのかもしれない。

 彩雪はそう思った。

 頭を撫でる和泉の手が優しい。

 繋いだ手から、ぬくもりが伝わってくる。

 とくんとくんと響く命の音が……聞こえる。

 

 

「うん。」

 

 小さく頷いて、彩雪は和泉の顔を見上げた。

 間近にある顔。

 けれど瞳は高く天空の月を見つめている。

 その真剣な横顔を盗み見ていると、不意に……

 頼子と話をしていた時に感じた気持ちが蘇ってきた。

 

 ――和泉……

 

 

 三種の神器を取り戻せば、もう、こんな風に話をすることなどできなくなるだろう。

 こんな近くにも……いられなくなる。

 胸が締め付けられて、彩雪は浮かんできた知らない感情に戸惑った。

 喜ばしいことなのに、寂しいと思ってしまう。

 そんな矛盾が、彩雪を困惑させる。

 

 ――どうしてこんなに泣きたくなるの……?

 

 小さな波紋は、漣のように押し寄せ……彩雪の知らない何かを連れてこようとしていた。

 

 

 

 そんな彩雪の心を知ってか知らずか……突然、前触れもなく和泉の視線が彩雪を捕らえる。

 鼓動が高鳴り、彩雪は逸らせないまま和泉の瞳を見つめた。

 

「ふふふっ。」

 

 先程までの真剣な表情は姿を消し、くすくす…と和泉が笑う。

 

「今度こそ、かっこいいところをたくさん見てもらわなきゃね。」

 

 浮かんでいるのは悪戯っぽい笑み。

 彩雪は目を瞬かせた。

 そして、どちらからともなく小さな笑いが漏れる。

 

 くすくすと、ふたり、小さく笑いあい。

 その僅かに訪れた穏やかな瞬間は、戸惑い揺れ動いていた心に、ぬくもりを届けた。

 

 ――今は……

 

 和泉を助けて、三種の神器とライコウを取り戻す事だけを考えよう。

 軽く一度目を閉じて、彩雪は気持ちを切り替える。

 それとほとんど同時に――

 

「そろそろ行こうか。」

 

 耳に届いたのは和泉の声。

 解かれた拘束と離れてしまったぬくもりに寂しさを覚えたけれど……彩雪はしっかりと頷いた。

 

「頑張ろうね。」

 

 そう答えれば、僅かに口元を綻ばせて和泉が笑った。

 

 

 

 

 まだぬくもりと優しい感触の残る手を胸に抱きしめて、彩雪は先に立ちあがって部屋と戻る和泉の背を追った。

 きっと、傍で守りきってみせる……助けになってみせると、心に再び誓いながら。

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